2010年09月16日

1.木の家づくりは千年以上も前から続いている

1.木の家づくりは千年以上も前から続いている

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  法隆寺を持ち出すまでもなく、日本の建築といえば千年以上も前から木で作られてきました。そして、木の建築は大工棟梁を中心とした職人たちによって今もつくられ続けています。

 春日権現記(下図)は鎌倉時代後期に描かれた絵巻物で、その中に建物を造る前の木材を下ごしらえしている過程や今で言えば基礎工事にあたる礎石据付の様子が順序だてて描かれています。実に説明的な表現で、当時の施工技術を知る上でも貴重な資料となっています。
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 ※図は拡大します
 丸太を割って、角材や板に仕上げていく、割った角材を再び丸柱に仕上げていく過程などが詳細に描かれています。手斧(ちょうな)や槍鉋(やりがんな)が用いられて板の表面の仕上げをしていることも分かります。これらは、今では電動の機械や工具に変わっていますが木を扱う基本は変わりません。s01-02.jpg
 木材の表面が黒ずんでいるのは乾燥させていた材であること、それが削られることで木の新たな肌がでていることもよく分かります。墨壺から糸を引き出し墨付けする様子はいまでもまったく同じです。

 上部に描かれている下小屋の中の右側には、加工した丸柱に仕上げを施している職人がいます。柱にはホゾ穴あるいは貫穴でしょうか、しっかりと穴が加工されていることの分かります。また、その横で角材を鋸で切る職人の姿も見受けられます。
 礎石工事の場面では、遣り方に糸が張られていたことがわかります。その糸が水平になるように水盛台(角材に溝を掘って水を流して水平を定める道具)で調整しているところが描かれていますが、この工程を水盛遣り方と呼ぶ意味もこの絵から理解できるところです。現場で、水とは水平という意味で使いますが、この糸のことを水糸と呼ぶるのもうなずけます。
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  柱を支える礎石の据付けでは、丸太で突き固めている様子やその上端高さを確認し調整している姿がわかります。右側の職人はスコップのような道具も持っています。

 この絵の中の職人たちの表情は実に豊かに描かれていて、みな生き生きと仕事をしている感じが伝わってきます。

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 江戸時代後期の豊国が描いた当時の木造住宅の上棟(建て方)の様子を表した錦絵にも生き生きとした職人の姿を見ることができます。中ほどにで大工や鳶に指示をしているのが鳶頭ではないかと思われます。
 棟木の両端には掛け矢を振り上げて、骨組みを組み上げていますがその音が聞こえてきそうです。木組みの家の建て方では今でも同じように木を組み上げていきます。そういった工事現場では掛け矢の音が響き渡ります。

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YouTubeで [掛け矢の音を聞く]
 「掛け矢の音が響く木組みの家」昔も今も 


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  絵巻や錦絵で見たように、木を扱いそれを組み上げていく技術は現代にまで受け継がれています。その基本は、長所だけでなく欠点も含めた木の特性を知り、それを生かし、あるいは殺して長寿命の建物を造るために技能を磨き、技術を習得してきた職人たちの歴史の中にあります。


 日本の木造建築は、垂直に立てる柱、それに差す、あるいは乗せ掛ける梁や桁などの横架材によって架構を組み上げる軸組構法がその基本です。社会情勢や多様な価値観によって生活様式も時代とともに変わり、間取りの考え方も変わってきました。しかし、その生活を包み込む木造架構のつくり方の原理は完成度が高いもので、日本全国で造り手の共通言語として広まっています。各地に見られる民家や町屋からそれを知ることができます。

 大工棟梁たちに受け継がれてきた技能、技術は現代の家づくりにも生かしていきたいものです。それはそのまま、次代にその技術を受け継ぐことにもつながります。建物に質を求めるためには技術の連続性が必要になります。

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posted by 太郎丸 at 11:30| 木の家考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする